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熟年離婚の記録

【熟年離婚の記録1】きっかけ

50代で熟年離婚したのその後を綴ります。春さくらです。
熟年離婚後、どのように暮らしているか?
私の経験を書いていこうと思います。

  • これから熟年離婚を考えている女性
  • すでに熟年離婚したけど後悔している女性
  • 熟年離婚で財産分与してもらえなかった女性
  • 熟年離婚で生活が苦しい方

の参考になればと思います。

熟年離婚のきっかけ

私が熟年離婚をしたのは47歳の時のことです。
それまでもぜんぜん考えなかったわけではありません。

20年も夫婦をやっていれば多少なりともそういうことは普通に考えるのではないでしょうか?
熟年離婚をい考えたのはこんなきっかけでした。

  • 夫からのモラハラ行為
  • 家庭内別居の状態から開放されたい
  • 50歳を目前に自分の人生、これでいいのかな?

そんなところで、あくまで不倫とか浮気とか
そのようなことはまったくありませんでした。

熟年離婚に至る決定的なできごと

ある日のこと、息子(当時大学生)を近くの内科に連れていきました。

息子は原因不明の腹痛があり、定期的に痛み止めを処方してもらわなければならなかったのです。

当時私はパートの仕事と家でwebの仕事をしていたのですが、
かなり疲れていたのか病院の待合室で座っていたら、
看護師さんから

「お母さん、顔真っ青ですよ、一度検査してみたら?」と。

いわれるままに血液検査をして、数日後に結果を聞きに来るように・・・
と言われそのまま帰宅しました。

まさかの夫が無視

そのことを当時の夫に話したところ、無視されました。

この無視されることは結婚してから20年よくあることだったので、
私は「また何か虫の居所が悪いのか・・」
とそんなに気にはしてなかったと思います。

その2〜3日後、病院から電話がかかってきました。
先日の検査の結果をすぐに聞きに来るように!
とのこと。

実は私は以前大病を患ったことがあります。
それで病院からそんな電話がかかってきたことで、
すごく不安になり夫にそのことを告げたのですが・・・
やはりまだ引き続き無視の状態が続いていたこともありスルーされました。

結果は貧血だったけど

その後すぐに病院に結果を聞きにいったのですが、重度の貧血ということ。
私っとしてはすごく安心したことを覚えています。

・・・が病院ではこんな数値は
いつ心臓が止まってもおかしくないような数値なのですぐに治療が必要!

ということで電話したそうです。

結果を夫に伝えたが

それでも悪い病気だったり入院や手術が必要なわけではなかったので、
安心してそのことを夫に電話をしたのですが出ません。
もしかしたら出かけてるのかな?と思って携帯にもかけましたがやはり出ません。

どうしたんだろう?
と思って家に変えるといつもどおり夫はテレビを見ていました。

「電話したんだよ、貧血なんだって」と私。
「なんで電話でなかったの?」と聞いたところ

「電話に絶対でなきゃならないのか!」と怒鳴られました。

夫の顔が見られない

それからはもう夫の顔が見られなくなりました。

無視の状態も少しの間続いていましたが、
私が何もしゃべらなくなったので向こうから機嫌をとってきたんです。

20年間、実は向こうから機嫌をとってきたことって初めてかもしれません。
いつも私が機嫌をとって何とか関係を修復してきたことにも初めて気が付きました。

そこから真剣に熟年離婚を考えたのでした。
今までずっと私は離婚という選択はできるだけ考えないようにしていました。

というのも、
何の取り柄もなく実家も遠いので
離婚をされたらもうおしまいだ!
って思っていたんです。

でも残りの人生、夫の顔色を伺いながら生きていくのか?
ここで初めて自分の人生を見つめ直しました。

平和な結婚生活を演じていた

今までできるだけ夫を怒らせないように顔色を伺いながら平和な結婚生活を演じていました。

それでも、これだけ気をつけていても
地雷を踏んで夫から無視されることが度々あって、
無視が始まると2〜3週間続くので本当に辛かったです。

それなのに「離婚」という選択を考えないようにしていた私。

今から思うと信じられませんが、「我慢が美徳」と教えられていたし、
そんな時代に育っているので少しぐらいは我慢して
なんとか自分の結婚生活を良いものにしていきたい
と強く考えていたのかもしれません。

ひとつ屋根の下で暮らす辛さ

「熟年離婚」を意識し始めてからは、夫の顔を見るのが辛く食事もろくに喉が通らなかった。

  • 自分一人で本当に生きていけるのか?
  • あれだけ両親に反対されていたのに今更離婚した・・って言えるのか?
  • 子どもたちにはなんていうのか?

もうこのことで当時は頭の中はグルグルと思考が回っていました。

結果的に今は食べていけているし、心の中がとても豊かになりました。

このことはまた何かの機会で書きたいと思っていますが、
家という狭い環境の中でもうどうしようも合わない人と暮らすことを考えるとのびのびと自分らしく生活できるということは、お金に代えがたい贅沢なものです。

夫婦関係の修復は可能か?不可能か?【熟年離婚】

一世一代の決断をしなければ・・

という思いがどんどん強くなっていく一方で、やっぱり関係を修復させたほうがいいのか?

という思いもありました。

当然のことながらこの頃は「夫婦生活」もまったくありませんでした。

私が乳がんになって片方の乳房を切除してしまったこともあり、夫からの誘いもなくなく私も気が乗らないのでそれはちょうどよかったのですが。。。

でも仲良くもなくそういう関係もない状態でこの先何十年も一緒に暮らしていける?私の中ではほぼ答えが出ていました。

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