熟年離婚で絶体絶命ゼロからの逆転人生!春さくらです。
私は47歳のときに熟年離婚を経験しました。
何の知識もなく準備もなく・・・
ただただモラハラ夫と別れたい!
その結果財産ももらえず住んでいた家を追われ丸裸の状態から今に至ります。
これから熟年離婚を考えている人には
間違っても私のような失敗をして欲しくありません。
私の経験がどなたかのお役に立てれば幸いです。
[template id=”842″]50代熟年離婚 きっかけ
熟年離婚のきっかけは、ほんの些細なことでした。
私が体調を崩して病院に行ったときに
まったく心配してくれなかった・・・どころか
逆に怒鳴られたときに初めてこんな感情になりました。
- 私が逆の立場だったらこんなに冷たい態度を取るか?
- 今まで何かと無視されていたけど、この関係がずっと続いていくのかと思ったら悲しくなった
- 夫と別れたらどんな生活になるのか・・結婚以来はじめて考えてみた
それまでは無視されようがバカにされようが
私さえ我慢していれば丸く収まるんだから・・・
と何としてもこの結婚生活を成功させよう!とずっと努力していました。
だけどもしかしたら私には別の人生があるのかも?
別の人生があるのなら早いうちに決断したほうがいいのかも?
と考えるようになりました。
気弱な私が夫に熟年離婚を告げることなんてとてもできない!
基本的に専業主婦だった私が夫と別れてやっていけるわけがない!
じゃあずっとこの生活を続けるの?
自問自答の日々でした。
詳しくは、以下の記事を読んでください。
詳細記事:「50代熟年離婚1 きっかけ」
【50代熟年離婚】モラハラ夫
2012年に熟年離婚をしました。
その当時は「モラハラ」っていう言葉はありませんでした。
今思うともしかしたら「モラハラ夫」だったのかも?と思うように。
- 結婚前は優しくて結婚後に態度が一転する(釣った魚に餌をやらない)
- 無視をする(し続ける)
- バカにする
でも夫は暴力を振るうこともなく、罵声を浴びせるわけでもなく・・・
私はあくまで自分のわがままで別れたいと思っていたこともあり
立場が弱い状態で離婚を切り出しました。
結婚していた時はあきらかに上下関係ができていたため
彼に強く離婚を迫ったりすることは全然できない私でした。
夫からは生活費もきちんと入れてもらっていたし
離婚をしたい・・というのは「完全に私のわがままだ」
って思っていました。
でも、「もし私が18才年上だったらどうなんだろう?」
と考えたとき、きっとこんな扱いはしないんじゃないか?
もっと大事にするんじゃないか?
そしてそのときはじめて
「自分はもしかしたら大事にされていないのかも?」と
気が付きました。
完全にモラハラ夫に支配されていたんです。
詳しくは、以下の記事を読んでください。
詳細記事:「50代熟年離婚2 モラハラ夫」
【50代熟年離婚】どうやって切り出した?
ただでさえ夫が上(歳も18才上)で私が下というような関係で
対等に話ができるわけはありません。
でも、「今言わないと一生後悔する!」と思っていたこともあり
思い切って夫に離婚の話を切り出しました。
私の希望は下の3つでした。
- 住んでいたマンションで暮らしたい
- 子どもたちは絶対に離さない
- とにかく別れたい
私は家を出ても暮らしていけないため
「夫に出ていって欲しい」と告げました。
その時、きちんと名義のことも話すべきでした。
でも、威圧的な夫にとてもじゃないけどそんなこと言えません。
ところが私が留守中に夫は家を出ていきました。
そして晴れ晴れしく離婚届を出しましたが
それが私の最大の失敗でした。
その3年後、夫から退去通知が届きます。
詳しくは、以下の記事を読んでください。
【50代熟年離婚】住み慣れた家を追われる
ある日私の留守中に夫は家を出ていきました。
私はもうこれで別れられる!と思ったと同時に
シレッと帰ってきたらやだな・・と離婚届を出してしまいました。
私の失敗ポイントは
- きちんと離婚の話し合いをしなかった
- 夫が勝手に出ていってホッとしてしまった
- 安易に離婚届を出してしまった
3年間は親子3人でとても平和に暮らしました。
・・・が突然夫から退去通知が届き住み慣れた家を出ることになりました。
こんなことが起こるなんて!
まさに青天の霹靂。
ただその2年ぐらい前から大やけどや骨折など
家での事故が起こっていたことが気になっていました。
「はやくこの家を出なさい!」というメッセージだったのかもしれません。
詳しくは、以下の記事を読んでください。
【50代熟年離婚】新しい生活
住み慣れたマンションを出ていくことになり
息子の名義で古い一軒家を借りました。
- 専業主婦では賃貸物件を借りられないこと
- 家賃が発生する生活で自営業の仕事をしていくことへの不安
- 子どもたちとの共同生活をしながら楽天的な暮らしをスタート
まったく知らない土地に移って初めての一軒家。
駅からは遠いけれど自然が多くてなかなか楽しい暮らしでした。
またちょうど子どもたち二人が就職したので
お給料をもらってそのお金もずいぶん家に入れてくれました。
家は取られてしまいましたが
私には二人の子供がいたので、3人で楽しい生活をスタートさせました。
詳しくは、以下の記事を読んでください。
詳細記事:「50代熟年離婚5 新しい生活」
【50代熟年離婚】後悔
古い一軒家のあまりの寒さに音を上げて
今度は温かいマンションに住むことになりました。
次に住んだ家は3LDKの静かなマンション。
もちろんネコもOKの物件です。
ところが!
- 今まで比較的順調だった仕事が激減した
- 娘が仕事を辞めてしまった
- 収入が激減して離婚を後悔した
フリーランスはどうしても仕事に並があります。
流行りもあって比較的順調だった仕事が減って収入が激減しました。
仕事がなくなるとストレスがたまって
体調を崩してしまいます。
体調が悪いとやる気がなくなって
ますます仕事がうまくいかなくなる。
フリーランスでやっていくということ、
女がひとりで生きていくことの厳しさが身にしみました。
もしかしたら熟年離婚をしたのは間違いだったのかも?
と激しい後悔に陥りました。
詳しくは、以下の記事を読んでください。
詳細記事:「50代熟年離婚6 後悔」
【50代熟年離婚】前向きに生きる!と決める
なけなしのお金を投じてコンサルを受け
仕事はV字回復へ・・・
息子は独立し、相変わらず娘は働かない。
そんな状況ですが前向きに生きる!と決めて現在に至ります。
- お互い刺激がもらえるような友人が欲しい
- お金のことは気にせずいつも安らかな気分でいたい
- 人の顔色を伺わず、自分の意見をきちんと言える人になりたい
- 楽観的になりたい
- できれば信頼できるパートナーが欲しい
こんな目標を立ててこのブログを書きながら
これからの人生をポジティブに生きる!と決めました。
詳しくは、以下の記事を読んでください。
熟年離婚を考えてる方へ
熟年離婚ってすごくリスクが高い!
実は私が離婚を考えているときに、
いろいろと相談に乗ってもらった友人がいるのですが
彼女たちは
「そんな旦那別れちゃいなよ」
「このままじゃさくらさん病気になっちゃうよ!」
「別れたら新しい人がみつかるかもよ!」
とずいぶんと離婚を勧められました。
誰一人として「もう一度考えてみたら?」とか
「別れるのであれば弁護士さんに相談したら?」と言ってくれる人はいませんでした。
私がガリガリに痩せてとても痛々しかったせいもあるし
私の中でもうとっくに「離婚する」という答えを出しているからでもあります。
友人たちはもちろん親切で離婚を勧めてきたのですが
もし私が熟年離婚してまったく食べていけなくなり
窮地に追い込まれたとしても、彼女たちは助けてくれません。
すべて自分の責任です。
熟年離婚は大変です。
でも焦らずに本当にこれでいいのか?
しっかりと考えることが大事です。
その上で離婚をするのであれば
辛い結婚生活から抜け出すことができて
きっと幸せになるでしょう。
私はもちろん大変だったしこれからもいろいろと考えることもあるかと思います。
でも私は今幸せです。
コメント